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紙面から

湯浅10人抜き!!7位入賞/アルペン

1回目を終えた湯浅直樹(共同)
写真=1回目を終えた湯浅直樹(共同)

<トリノ五輪:アルペンスキー>◇25日◇男子回転

 大学生の湯浅直樹(22=北海道東海大)が10人抜きを演じて7位に入賞した。25日のアルペン男子回転で、1回目17位ながら2回目に攻めの滑りで全体3位のタイムをマークし7位まで順位を上げた。アルペン男子で日本選手2人が同時入賞したのは初めてになる。ヘルメットに「死攻」の2文字を入れる闘志の男が、左ひざのけがとも戦いながら新たな歴史を記した。

 バンクーバーの星が4年早く、才能を爆発させた。湯浅は1回目の滑走で17位。世界の強豪に囲まれて上出来の成績だったが、2回目はさらに勢いを加速させた。場内アナウンスも絶叫するほどの果敢なアタックで、全体で3番目のタイムをマーク。過去にW杯など主要国際大会で30位以内が3度だけだった男が、一気に7位に食い込み、皆川とともに50年ぶり日本勢入賞の快挙を達成。レース前、佐々木が「あいつには1発があるから」と予告していた通りになった。

 児玉コーチが「負けん気の強さはチームで1番」と言う22歳の成長株は、初の五輪でも動じなかった。「1本目が中途半端で、思い切り行った。納得できる滑りじゃないけど、やればできると再認識した」と強気に話した。昨年5月の北米合宿で左ひざの軟骨を損傷。手術が必要だったが、五輪に間に合わなくなるため毎日、痛み止めの薬を服用して練習を続けてきた。薬が効きすぎて、倒れたこともある。それでも「世界のトップである皆川、佐々木さんと滑ることが大事」と練習は休まなかった。

 トンバにあこがれてスキー競技を始めたが、中学時代は陸上部にも所属して、全国大会走り高跳びで5位。下半身のバネの強さを生かしたスキー操作は、外国勢からも注目されている。大学1年の時、糖尿病による闘病生活の末に亡くなった父二三男さんに誓った五輪出場は果たした。「4年後はライヒを絶対に負かしてやります」とさらにレベルアップを宣言。バンクーバーには皆川、佐々木と並ぶ「三枚看板」で臨む。【佐藤智徳】

 ◆湯浅直樹(ゆあさ・なおき)1983年(昭58)4月24日、札幌市生まれ。10歳でアルペンスキーを始め、札幌商から北海道東海大に進む。05年12月にW杯第3戦のクラニスカゴラ大会で回転7位。05年世界選手権は18位。年末に全日本スキー連盟から五輪代表に追加発表された。五輪直前の7日のアンドラで行われた欧州杯で優勝。177センチ、72キロ。

[2006/2/27/10:08 紙面から]



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