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紙面から

「鉄の女」と二人三脚の3年間

<応援談:Sスケート羽田雅樹コーチ>

 二人三脚の約3年間。羽田雅樹コーチ(44)は、1500メートルを15位で終え、体を前に傾けながらゆっくり回る田畑に声を掛け、腰をポンポンとたたいてねぎらった。「ここ1、2年で状態は一番良かったからね」。教え子の力走に、悔しさと満足感が交差した。

 富士急コーチだった02年ソルトレークシティー五輪後、人事異動で系列のゴルフ場支配人となり、スケートの現場を離れた。初めての営業職はやりがいもあった。ただ、スケートの情熱は消えなかった。03年になり「スケートの技術は進歩する。決断するなら今しかない」と腹を決めた。

 03年5月に退社。直後に田畑も富士急を退社し、専属コーチ役を頼まれた。富士急時代のコンビが復活した際、力強く言った。「やることは1つ。強くすること」。だが、1年目は大きなスポンサーがなく無報酬だったが「(貯金)口座はマイナスだが考え方はプラス」と笑った。愛車を140万円で売却。ポケットマネーで支えた。

 04年からダイチの支援を受けるようになり、軌道に乗ってきた。「田畑の指導で自分も勉強になった。もっと強い選手を育てるよ」。女子中長距離を引っ張ってきた田畑の最終種目5000メートルは25日。「持ち味を出してほしい」と、ストップウオッチを手に声を張り上げた。

 ◆羽田雅樹(はだ・まさき)1961年(昭36)6月25日、山梨県出身。山梨・吉田高から80年富士急入社。オールラウンドの現役選手を6年続け、その後、富士急屋外リンクの製氷係を担当。90年からコーチに就任し、三宮恵利子らの指導を担当して五輪はコーチとして98年長野、02年ソルトレークシティーを経験。家族は妻と1男1女。

[2006/2/24/10:11 紙面から]



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