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紙面から

挑戦終わりブーム始まる/カーリング

予選敗退が決まった日本。小野寺(左)は涙に暮れた。右は林(撮影・鈴木豊)
写真=予選敗退が決まった日本。小野寺(左)は涙に暮れた。右は林(撮影・鈴木豊)

<トリノ五輪:カーリング>◇20日◇女子1次リーグ

 1次リーグ最終戦で、日本はスイスに5−11(第8エンドで終了)で敗れ、準決勝進出はならなかった。4勝5敗の7位が確定したが、予選敗退のがけっぷちから強豪と互角の戦いを演じ、メダル獲得に負けない健闘をみせた。平均年齢23歳のカーリング娘が、不調の日本の中で輝きを放ち「伝道師」という大きな役割を果たした。

 試合後、5人が輪になると一斉に涙がこぼれた。顔を見合わせたら喜びと苦労がよみがえった。最後まで戦ったが4強入りはならず。それでも「人生をカーリングに懸けてきた。魅力を伝えることができて満足」。サード林は目を赤くしながら胸を張った。

 戦績上位のスイスに完敗だった。日本が勝ってカナダが敗れれば4強入りだったが、力及ばなかった。第8エンドに大きな4点を奪われ、スイスに握手を求めてギブアップ。スキップ(主将)小野寺は「あきらめたくなかったけど、これがカーリングのフェアプレー精神」と言った。

 長野五輪金のカナダ、ソルトレークシティー五輪金の英国と強豪を撃破。負ければ予選敗退決定の状況から底力を見せた。この数日間でメディア露出も一気に増えた。日本協会の斎藤会長は「日本の存在を大きく示した。普及、技術向上に大きな機動力になってくれた」と功績をたたえた。

 「競技を少しでもメジャーにしたい」。そんな思いを背負った「伝道師」たちだった。小野寺は言う。「ずっとマイナーでバカにされると悔しいけど、競技に誇りを持っている。素晴らしさを伝えるのは、この五輪しかない。これで盛り上がってくれるのならメダル以上のもの」。

 84年に日本協会が発足してまだ22年。全国で競技者約2500人、これからの発展を目指している競技で、これ以上のアピールタイムはなかった。「五輪で素晴らしい試合をできて(前回五輪に出た)シムソンズを超えたと思う」と4年前を知る小野寺は言った。

 27歳が最年長の日本は、出場10カ国中、登録5人の平均年齢は米国に次いで2番目に若い23歳。19歳のセカンド本橋は「カーリングが心から好きなのでもっと強くなりたい」と言った。世界は30、40代が中心で経験がものをいうが、未来につながる7位だった。【村上秀明】

[2006/2/22/09:57 紙面から]



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