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紙面から

モルゲンシュテルン140m金/ジャンプ

<トリノ五輪:ジャンプ>◇18日◇決勝◇ラージヒル

 19歳の新鋭がミクロの争いを制した。スキー・ジャンプラージヒル(K点125メートル、HS140メートル)はトーマス・モルゲンシュテルンが母国オーストリアに14年ぶりの金メダルをもたらした。同僚アンドレアス・コフラー(21)との一騎打ちとなった優勝争いをわずか0・1ポイント、距離にして約5・6センチの差で競り勝ち、1回目2位から逆転した。日本勢は岡部孝信(35)が8位に入賞した。

 胸が張り裂けそうなほどの緊張感で電光掲示板を見つめた。同僚コフラーの最後のジャンプは139・5メートル。もしかしたら駄目なのか。そう頭によぎった瞬間、モルゲンシュテルンは一番上に自分の名前を見つけた。「2人とも金メダルなら良かった。そこまでうまくいかないね」。コフラーと抱き合った。1・2フィニッシュの感動を分かち合った。

 2位とはわずか0・1点、距離に換算するとわずか6センチ差。2回の飛距離合計はコフラーに0・5メートル及ばなかったが、合計得点で上回った。金と銀を分けたのは着地だった。1回目2位で迎えた2回目は最長不倒でHSちょうどの140メートル。着地点は感覚的にほとんど平らに感じたはず。それでもしっかりテレマークを入れた。

 父、叔父が同国トップレベルのアルペン選手というスキー一家に育った。幼少時代はジャンプと並行してアルペンもやっていた。空中はもちろん、地面のスキー操作もお手の物。朝から降り続いた雪でランディングバーンは軟らかかったが、乱れはなかった。飛型点は19・0〜20点がずらりと並んだ。「ここに来て、毎日最高のジャンプができていた。すべてが完ぺきだった」と自画自賛した。

 折れない心を支えにしてきた。03年11月、17歳で迎えたW杯で踏み切り直後に横風に遭い、体勢を崩して斜面にたたきつけられ、指を骨折した。しかし、周囲の不安をよそに翌シーズン、同じ場所で2位。ジャンプは1度、大きな転倒をするとそのイメージが頭から離れないもの。大ジャンプは恐怖心との闘いでもあるが、それを克服し、世界トップへの階段を上がっていった。

 インナウアー・チームリーダーは「新世代の選手には、閉ざされていた扉を開く素質があった。それ以上に大事なのは、アホネンらに負けない精神的な強さ」と指摘した。2位コフラーとのコンビでオーストリアは団体戦(20日)へ盤石の態勢が整った。モルゲンシュテルンの前に2冠のチャンスが広がっている。【小林明央】

[2006/2/20/07:48 紙面から]



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