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紙面から

及川びっくり!人生好転/Sスケート

男子500メートル1回目で35秒35の好記録を出し笑顔でガッツポーズする及川(撮影・鈴木豊)
写真=男子500メートル1回目で35秒35の好記録を出し笑顔でガッツポーズする及川(撮影・鈴木豊)

<トリノ五輪:スピードスケート>◇13日◇男子500メートル

 日本短距離陣第3の男が、晩成の血を開花させた。スピードスケート男子500メートルで、及川佑(25=びっくりドンキー)が、2本合計1分10秒56で日本勢最高の4位に入賞した。大学までは無名で引退も覚悟した。周囲の後押しを受けての世界4位に、感謝の涙を流した。世界記録保持者の加藤条治(21)は6位。直前に10分間の中断があった1回目で11位に失速した。日刊スポーツ評論家の堀井学氏(33)は初出場のエースを襲った空白の10分間を敗因に指摘した。清水宏保(31)は18位に終わった。

 及川の目から大粒の涙がこぼれた。「この舞台に立って滑り終えて安心したのと、支えてくれた人への感謝を考えたら…」。メダルは届かなかったが、力は出し切った。日本人最高の4位。泣きながら笑った温和な表情が、輝いていた。

 1回目の100メートル通過はメンバー最速の9秒59。4番手につけた。2回目もタイムを伸ばし、最終組2人を残し、2位につけた。「まさか自分がこんな立場になるとは」。本心だった。

 1度はあきらめた夢舞台だった。山梨学院大4年時にインカレを制したが、優勝はそれが初めてだった。卒業前に進路を探したが、全日本クラスで無名の及川を受け入れる実業団は皆無。就職するには、スケートはやめるしかなかった。

 03年春、今の所属先の運営会社を受験し、運命が180度変わった。役員面接で恐る恐る言ってみた。「スケートで五輪を目指しています」。庄司社長の理解を得た。たった1人のスケート部が発足。現在は人材開発グループに籍を置き、競技に専念している。

 特定のコーチはいない。夏場の筋力トレーニングは自ら練習場を手配する。母校の山梨学院大、池田高とも一緒に練習した。03年11月の全日本距離別選手権で加藤、清水に続く3位に入り、続く真駒内選抜でも3位。初のW杯に選出された。「支え」があってこそ。この日も「普段なら最後は失速していたが、今日は自分が滑っている後ろから押してもらっていた」。

 スタンドでは両親が日の丸を振っていた。地元の野球チームで活躍する父準さん(54)からは「オレは社会人になって伸びた。お前も大丈夫だ」と激励されていた。「どうせならトップを狙え」と小学1年時からスパルタ指導されてきた。当時、帰宅する父の車のエンジン音が何より怖かった。今は違う。レース後、観客席に手を振った。

 98年2月、北海道池田町のリンク脇のプレハブ小屋で、テレビを囲む輪の中に池田高2年の及川がいた。清水の金メダルの快挙を、食い入るように見つめていた。その映像はパソコンに取り込み、今でも時折見ている。「ここの舞台にまた立ちたいと思う」−。【村上秀明】

[2006/2/15/09:43 紙面から]



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