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紙面から

お父さんが拾えなかった命を怜奈は拾った

<応援談>

 「米国代表」としてフィギュアスケートぺアに出場した娘怜奈を、井上玲子さん(54)は温かいまなざしで見守った。「国籍が違っても、娘は娘ですから」。

 昨年5月、3度目の五輪出場のために米国籍を取得する決意を涙ながらに伝えた娘に、玲子さんは優しく言った。「お父さんが拾えなかった命を、怜奈は拾った。やりたいようにやりなさい」。97年2月に夫雅彦さん(享年46)を肺がんで亡くした。翌98年には怜奈までが、同じ肺がんと診断された。それでも娘は抗がん剤の副作用に耐え、病魔を克服していた。

 怜奈を支えたのは母を思う心だった。実は雅彦さんの亡くなった直後、1度は引退を決意していた。玲子さんにも「私のスケートを一番楽しみにしていたのがお父さん。もう滑る意味がない」と伝えた。だが、その1週間後、再びスケート靴を履いた。「お母さんに希望を持たせたい」。ショックで憔悴(しょうすい)していく母の顔に、笑みを取り戻したかった。あれから9年。実に12年ぶりとなる五輪出場をつかんだ。

 今回、3度目の五輪で初めて、玲子さんが現地へ応援に駆けつけた。亡き夫のほほ笑む遺影を抱えて。娘の晴れ姿を、観客席の「両親」はしっかりと見届けた。【太田尚樹】

[2006/2/13/08:03 紙面から]



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