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紙面から

多英、初めての悔し涙/モーグル

ゴール後、テレビインタビューに厳しい表情で応じた里谷(撮影・鈴木豊)
写真=ゴール後、テレビインタビューに厳しい表情で応じた里谷(撮影・鈴木豊)

<トリノ五輪:フリースタイルスキー>◇11日◇決勝◇女子モーグル

 里谷の左目からあふれた涙が、つーっとほおを伝った。「今の自分にはこれが100%。しょうがない」結果は素直に受け止めた。ただ、経過には悔しさが募る。「この1年、いろいろあったから頑張ろうと思ったわけじゃない。ただスキーをしたかった。こういう結果になって悔しい」と心境を明かした。

 昨年2月の泥酔騒動後、ゼロから再出発してきた。予選9位から、勝負を賭けた決勝の第2エアのフロントフリップ(前方回転)は、着地で大きく乱れた。15位の結果は、長野五輪金メダリストにとって、納得できるものではなかった。

 故障の影響は大きかった。W杯転戦中の1月中旬に痛めた腰痛が、今月4日のW杯チェコ・スピンドレルブムリン大会で転倒して悪化。立っているだけで痛みがきつくなり、5日の選手村入り後は、最後の手段で患部にブロック注射を打った。痛みは和らいだが本来の滑りは戻らなかった。

 昨年2月の泥酔騒動が発覚後、批判、中傷が相次いで、離婚も経験。眠れない日々が続き、昨春には「モーグルをやめようと思った」と覚悟したほどだった。北海道東海大時代の友人らに励まされて涙を流し、再起を決意。全日本スキー連盟の強化指定A選手を辞退して、一から出直した。

 エアの出遅れを取り戻すため、女子ではできる選手が少ないフロントフリップに取り組んだ。しかし転倒も多く、故障が相次いだ。あと1カ月、五輪が遅ければ、男子並みの運動能力を持つ里谷なら間に合ったかも知れない。

 29歳になり、今後の進退が注目される。「今は分からない」と話すが「五輪は4度とも違ったが、こんなはずじゃない」と悔しさをにじませる。1月代表選考が注目された時期には「これで終わりじゃないから」と10年バンクーバー五輪を目指す意思を示した。このままでは終われない。

[2006/2/13/09:34 紙面から]



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