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紙面から

「日の丸おじさん」現地応援断念

<幻の五輪>

 がんばれニッポン! 戦っているのは、トリノにいる選手たちだけではない。惜しくも代表になれなかった選手、国内からの家族や関係者の声援が、彼らを後押しする。国内に残る五輪にかけた人々の熱い思いを、26日のトリノ五輪最終日まで連日紹介する。第1回は国際五輪応援団長こと山田直稔さん(79)です。

 トリノでは、残念ながら山田さんの日の丸のついた金のシルクハットや扇子が見られない。冬季五輪として、98年長野以来2度目の参加を計画していたが「ホテルが遠くて高いところしか空いていなかった」ために断念。無念のテレビ観戦となった。

 ホテル業を営む山田さんは、大会ごとに高騰する観戦ツアーに警鐘を鳴らす。「アテネでは、1泊1万円のホテルが20万円ですからね。今の五輪は金もうけのためにある」。数日の観戦ならまだしも、全期間滞在する山田さんの出費は、1大会で数百万円にも上る。

 加えて、冬季五輪は気象条件でのハンディが大きい。「長野のジャンプに行ったけど、すごい雪と高いジャンプ台で、応援なんて届かないんだよ」。68年メキシコ大会の陸上で、自分の声援が10万人以上の大観衆を先導した。それ以来、五輪にはまった山田さんにとって、応援がかき消されるのは致命的だ。

 それでも、国内からトリノの日本選手に期待をかける。開会式もしっかりとテレビでチェック。注目は「きれいだから」フィギュアスケートだという。「メダルが10個取れれば最高だね」。国内にいても、山田さんの応援は、しっかりとトリノに響くはずだ。【吉松忠弘】

 ◆山田直稔(やまだ・なおとし)1926年(大正15年)4月16日、富山・井波町生まれ。日大工学部卒業後、60年(昭和35年)に「浪速商事」(東京・江東区)を設立。現在はホテル業、不動産業など3つの会社を束ねる浪商グループ会長を務める。東京五輪から応援を始め、それ以来、夏季五輪は欠場なし。いつしか「日の丸の団長」と呼ばれるようになった。

[2006/2/12/10:36 紙面から]



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