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アラカルト

冬季五輪プレーバック

24年シャモニー・モンブラン大会(フランス)
 スキー、スケート、アイスホッケー、ボブスレーの4競技14種目が行われ、日本は不参加だった。スピードスケート男子500メートルで開幕。同男子のツンベルク(フィンランド)は金3銀1銅1。出場は16カ国、258選手で、女子の13人はいずれもフィギュア。
28年サンモリッツ大会(スイス)
 日本が冬季五輪に初参加。スキーに6人が出場し、距離50キロでの永田実の24位が最高で、竹節作太は優勝者から1時間以上も遅れて26位でゴールした。ツンベルク(フィンランド)が今大会でも金2個。フィギュア女子のヘニー(ノルウェー)が15歳で優勝した。
32年レークプラシッド大会(米国)
 ジャンプで安達五郎が8位となり、日本選手として最高の成績を残す。ボブスレー男子4人乗りで優勝した米国のメンバーのイーガンは、20年アントワープ五輪のボクシングライトヘビー級王者で、夏冬の両大会で金メダルを獲得した。17カ国、252人が参加した。
36年ガルミッシュパルテンキルヘン大会(ドイツ)
 スピードスケート男子500メートルで石原省三が4位に入り、日本勢初の入賞。フィギュア女子の稲田悦子が12歳で10位に入った。IOCがスキーインストラクターの出場を「プロ」として認めずボイコット騒ぎも発生した。また雪不足と雨にたたられた。
48年サンモリッツ大会(スイス)
 戦争の激化によって40年に予定されていた札幌大会などが中止になり、中立国で12年ぶりに開催された冬季五輪。日本とドイツは招待されなかった。アルペン男子のオレーエ(フランス)が滑降と複合で金を獲得。アイスホッケーで米国が2チームを派遣し、混乱が起きた。
56年コルティナダンペッツォ大会(イタリア)
 アルペン男子回転の猪谷千春が1回目6位から逆転して銀メダルを獲得し、日本勢初の表彰台に上がった。「黒い稲妻」の異名を持つトニー・ザイラー(オーストリア)が滑降、回転、大回転を制し、史上初の3冠王に。ソ連が冬季大会に初めて選手団を派遣した。
60年スコーバレー大会(米国)
 スピードスケートの高見沢初枝が3000メートルで4位、500、1000メートルで5位となり冬季五輪の日本女子では初の入賞を果たした。アイスホッケーは地元米国がカナダなどを撃破して優勝。また、バイアスロンが正式種目に加わった。屋外リンクでのフィギュアは今大会が最後。
64年インスブルック大会(オーストリア)
 ボブスレーが復活し、リュージュやジャンプ90メートル級も加わるなど7種目増の34種目となり、参加選手も1091人で大台を突破した。スピードスケートの鈴木恵一が男子500メートルで5位、フィギュア女子で福原美和が5位に入り、日本のフィギュア界初の入賞を果たした。
68年グルノーブル大会(フランス)
 72年に札幌大会を控えていた日本勢は62人が参加して躍進を狙ったものの、不参加の48年サンモリッツ大会以来の入賞者ゼロという大不振だった。大会は地元フランスのキリーが運にも助けられアルペン男子の滑降、回転、大回転を完全制覇し、ヒーローとなった。
72年札幌大会(日本)
 ジャンプ70メートル級で笠谷幸生、金野昭次、青地清二が金、銀、銅を独占。「日の丸飛行隊」として世界に名をとどろかせた。また、フィギュア女子ではボーイッシュな金髪に愛くるしい笑顔のジャネット・リン(米国)が人気に。転倒して銅メダルに終わったが、「札幌の恋人」と呼ばれた。
76年インスブルック大会(オーストリア)
 当初は米国のコロラド州デンバーでの開催が決まっていたが、同州の反対により代替地開催となった。札幌大会に続き「日の丸飛行隊」のメダル奪取に期待がかかったが、すでにピークは過ぎており、他の競技も含めて日本のメダルはゼロに終わった。
80年レークプラシッド大会(米国)
 「日の丸飛行隊」が復活した。ジャンプ70メートル級で八木弘和が銀メダルを獲得。秋元正博も4位に食い込んだ。フィギュア女子の渡部絵美が6位入賞。アルペン男子でステンマルク(スウェーデン)が2冠。スピードスケート男子でハイデン(米国)が5冠に輝いた。
84年サラエボ大会(ユーゴスラビア)
 スピードスケート男子500メートルの黒岩彰に期待がかかったが、コーナーでバランスを崩し失速して入賞圏外に。だが、伏兵の北沢欣浩が銀メダルを獲得した。また、フィギュア女子でカタリナ・ビット(東ドイツ)が華麗な演技で銀盤の女王に就いた。
88年カルガリー大会(カナダ)
 前回大会で辛酸をなめた黒岩彰がスピードスケート男子500メートルで3位に入り、悲願のメダルを獲得。同女子では橋本聖子が、出場した5種目すべてで入賞した。ジャンプの70メートル級、90メートル級では史上初めてニッカネン(フィンランド)が両種目を制覇し、団体戦でも金に。
92年アルベールビル大会(フランス)
 ノルディック複合団体で三ヶ田礼一、河野孝典、荻原健司の3人が金メダルを奪取。スピードスケート男子500メートルで黒岩敏幸が銀、井上純一が銅、同女子1500メートルでは橋本聖子も3位に入って念願のメダルを獲得。また、フィギュア女子の伊藤みどりが2位に入った。
94年リレハンメル大会(ノルウェー)
 ノルディック複合団体で阿部雅司、河野孝典、荻原健司の3人が前回大会に続き金メダル。同個人でも河野が銀メダルを獲得した。また、原田雅彦、葛西紀明、岡部孝信、西方仁也のジャンプ団体が銀、スピードスケートでも堀井学、山本宏美と2つの銅メダルが生まれた。
98年長野大会(日本)
 岡部孝信、斉藤浩哉、原田雅彦、船木和喜のジャンプ団体を筆頭に地元開催の日本が冬季五輪では最多の5種目で金メダルを獲得。スピードスケート男子500メートルで清水宏保、フリースタイル女子モーグルの里谷多英も金メダルに輝いた。スノーボード、カーリングが正式競技に加わった。
02年ソルトレークシティー大会(米国)
 日本勢はスピードスケート男子500メートルで清水宏保が銀、フリースタイル女子モーグルの里谷多英が銅メダルを獲得。期待のジャンプ陣はルール変更に対応できずメダルなし。ノルディック距離で2人の金メダリストらがドーピングで失格するなど薬物渦にも見舞われた。

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